平和への祈りを

JUGEMテーマ:読書


いままでいろいろな戦争絵本を見てきましたが、これほど切ない絵本はほかにないといっても過言ではないかも知れません

それほど、悲しさがこみあげてくるお話でした。

舞台は満州。
親兄弟と戦争で死に別れた子どもたちがいました。住む場所もなければ食べるものもなく、痩せてぼろぼろになった子どもたちが、当時収容所として利用された学校に寝泊りをしておりました。
親兄弟と死に別れた子供は、決して珍しい存在ではありません。たくさんの子供たちが孤児となり、発疹チフスが広まって、約半数の人が死んでしまっておりました。

生きている子どもたちも元気ではありません。食べるものがなく、頼みの綱は
2週間に一度来てくれる炊き出し。優しい炊き出しのおじさんに会えることも、子どもたちの生きる希望となっておりました。

炊き出し、とはいっても贅沢な物ではありません。おかゆをあき缶一つずつ。それも順番に並んでもらうので、最後のほうになると水を足して重湯になってしまう、そんなお粥でしたが、それでも子どもたちには大変なご馳走でした。

お母さんが生きていて幸せだったころ、お母さんが炊くご飯の香りを思い出すようないいにおいがしました。
そこにおかゆをもらいに行く4人の孤児たちがおりました。
どの子も栄養失調で、どの子も元気ではありませんでした。
下痢が止まらず、いつもおしりの周りがぬれたまんま。ひどいにおいで周りの大人からも近づくなとののしられる子。
痩せているようには見えないけれど顔がパンパンで青白く、明らかに病気であろうと思われる子。
足首を片手てつかめるほど痩せている子。
もはや歩くこともできず、冷たい廊下を這って歩く子。

4人の孤児たちも、おじさんの炊くおかゆを心待ちにしていて、炊き出しの日には待ちきれないというように何度も様子を見に行って、配り始めるころには、缶を持ってピョコタン、ピョコタン、と力なく歩いてもらいに行きました。
本人たちは喜び勇んで走っているつもりなのです。走っているつもりでも、力がなく栄養失調の体では、アヒルのようにピョコタン、ピョコタン、となってしまうのです。

おいしいおかゆをいただきながら、孤児たちはおじさんへの感謝の気持ちを抱きます。
自分たちはもう長く生きられないことを残酷なほどに自分たち自身でよくわかり、お礼の気持ちをどうやっておじさんに伝えようかと相談しながら食べるのです。

そして炊き出しは終わり、痩せて力のない体で、孤児たちはまた2週間後を待たなくてはなりません。
おじさんは、子どもたちの衰弱をみて涙を流しました。
それでも、2週間後、また子どもたちに会えることを祈りながら戻って行きました。

そして2週間後、子どもたちは・・・

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戦争は、残酷だということを、頭ではわかっていても、これほど心にも体にも残酷を極め、まだ幼い子供たちの生きたいという願いをもぎ取ってしまうものだとしり、心に強烈に突き刺さるものがあります

想像を絶する悲しい孤児たちの暮らし。「痩せてくれば死ぬ。」「這うようになればもうすぐ死ぬ」というわかってしまうことの悲しさと、その通りに現実になることの残酷さ。

できれば少しでも、願いや希望のかけらでも実現して、生き延びてほしかったけれど、
それがかなわなかったのならば、お空のきれいなお星様になってほしいと願いがこみあげてくるお話です。

小学生以上におすすめです。
ぜひ読んでみてくださいね。

秋の実りと平和の願い

キャラメルの木 (講談社の創作絵本)
キャラメルの木 (講談社の創作絵本)
小泉 るみ子

9月後半に突入し、実りの秋を感じる季節になってきました。
田んぼでは金色の稲穂が重たそうに穂をたらし、山の木々もすこーし色づいてきたような気がします。
今日、久しぶりに北上川の河原に子供たちと出かけてみましたが、クルミの実がすっかり熟してぽとぽとと地面に落ちておりました。
一緒にいた親戚のおばちゃんが、「クルミの実がいっぱい落ちているねぇ」と言いました。

「クルミの実」。よく見るような固い殻のクルミじゃありません。地面に落ちているそれは緑色で卵型。ちょっと長細くした小粒の青りんご、といった感じです。

子どもたちは「え?これがクルミ?」と目を白黒させました。


「クルミの実は、腐らせて皮と果肉を外し、とりだした種を天日で干すとみんながよく見る"クルミの実"になるんです。そうしたら固い固い殻を割って中身を取り出し、食べるんですよ」

そう親戚のおばちゃんに教えてもらった子どもたち。それを聞くと、夢中でクルミ拾いを始めました。ビニール袋いっぱいにクルミの実を拾い、それを家に持ち帰って果肉を腐らせ、クルミを食べるまでの手のかかる工程を、自分で試してみたくなったのです。


さて、今日読んだ絵本は「キャラメルの木 」。
さすがの子どもたちもキャラメルは木にはならないとわかっていましたが、何となく気になって読んでみた絵本です。
読んでみると、とても悲しく切ない、戦時中の物語でした。

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小学生のしんすけは、今だに時々おねしょをしてしまいます。
そんなしんすけも、もうすぐお兄ちゃん。お母さんのおなかに赤ちゃんがいるのです。

赤ちゃんがもうすぐ生まれそうなので、しんすけはおばあちゃんの家に泊まりに行くことになりました。
しんすけはおばあちゃんの家でも、おねしょをしてしまいます。

おばあちゃんはそれをみて「犬のクッキーがやったんだね」と言いました。
「僕がおねしょしたの。」としんすけは答えます。

それをきいたおばあちゃん、「正直な子だね。…おばあちゃんは昔、嘘をついたことがあるの」と言い、戦時中の話を始めるのです。

…おばあちゃんには弟がいました。
弟は病気でしたが、満足に食べるものも与えられず、飲ませる薬もありませんでした。

おばあちゃんは日に日に衰えていく弟を励ますために嘘をつきました。
「この木にはね、キャラメルの実がなるんだよ」

弟はその夜なくなりました…
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おばあちゃんが弟を励ますためについた、たった一つの嘘、それをおばあちゃんは何十年も気にしているのでした、今でも弟の写真の前には大好きだったキャラメルをお供えしています。

何もない時代。食べるものにも薬にも事欠く時代。
まだもっと生きたかったはずの小さな命が、簡単に失われてしまった時代。
キャラメルを食べたかった弟の気持ちや、弟を思う姉の気持ちを考えると涙が出るほど心が痛みます。

この本を読んで、今豊かな自然いっぱいの北上川を歩いてみると、
秋の実りに感謝。平和に感謝。
という気持ちになりました。

ぜひぜひ、読んでみてくださいね。

かわいそうなぞう(ライオン)-大阪版

おれはなにわのライオンや (ぶんけい・絵本のひろば)
さねとう あきら

クリスマスイブですね。今日は子供たちの学校の終業式でしたから、我が家では明日、クリスマスのホームパーティをすることにしています。
プレゼントは今晩です。母はあと数時間で、サンタになります(*^。^*)

今日はいつもの平日気分で過ごしましたから、いつもどおり適当に好きな絵本を選んで読みました。
長男が図書館から借りて読んであげた絵本が、こちらの「おれはなにわのライオンや」です。

時は戦況が厳しくなりつつあった戦時下。場所は大阪のとある動物園です。
動物たちへの餌は満足にあげられない状況が続いており、動物園の動物たちは、みな腹ペコでした。

その中にいたライオンもしかり。戦争前は牛肉もふんだんに食べられたのに、今は鳥の頭と腐りかけたクジラの肉。とても百獣の王のライオンが食べる餌らしくないものばかりです。

あるとき、動物園から猿が逃げ出しました。いつもは軍服を着てパレードをして、来園者たちを喜ばせているあの猿たちが、です。あまりの空腹による脱走でした。
ほどなく、猿の逃げた方向から銃声が聞こえてきました。
ライオンは、見てしまいました。血だらけになった猿たちがそっと運ばれていくのを。

園長室では、軍隊に、園長たちが怒られていました。「今回は猿だったが、もし猛獣がおりから逃げて出したら、大変なことになる。毒殺せよ。」という命令を下されました。

飼育係のおじいさんも、つらい思いをこらえて、軍隊の命令を実行します。
久しぶりのふんだんな牛肉に、毒を混ぜるのです…

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現実はとても厳しいものです。
「そんなことをしたらかわいそう」と嘆く間もなく、罪もない動物たちを殺すのですから。
大阪の動物園では、一匹残らず、動物たちの命は奪われました。

なんともいえない悲しい物語です。
ぜひ、読んでみてくださいね。

平和を願う絵本

絵本おこりじぞう
山口 勇子,沼田 曜一,四国 五郎

数年前、筑紫哲也さんが生前、テレビ原爆の特集をやっていたのを見ましたが、原爆を開発・投下・撮影にまでたずさわった一人の博士が、戦後初めて日本にやってきて、原爆記念館を見学し、原爆のことをどう思うか聞かれたときに
「原爆は簡単なんだよ。普通の爆弾なら何日も何日も空爆しなければならない"結果"を、たった一発で得られるんだから。」
と言っていたのを聞いて、その博士の認識というものに、ひどくショックを受けた私でした。
「原爆は簡単なんだよ。」という一言が、原爆記念館を見学してもなお、発せられるものかと、信じがたい思いがしました。
が、きっと日本以外の多くの世界の人々が、この博士と同じような認識を持っていることは想像できるので、「たった一発で何万人」というひとまとめの表現ではなく、「恨み憎しみ」でもなく、事実の伝達として、「ひとりひとりの、つらく恐ろしい原爆体験を、ひとりでも多くの人に、リアルに伝えていくことの大切さを感じてしまいました。

絵本おこりじぞう」は、そういう意味では、たった一人の少女が、原爆にあい、焼けてぼろ布のようになって、とぼとぼと歩き、ついに倒れ、「水がほしい、水がほしい」といった状況を克明に描いていて、ドキュメントものではありませんが、一つの原爆の事実を伝えてくれています。
やさしい笑顔のお地蔵さまが、その少女を見て仁王のようなおこり顔に表情を変え、涙を流して少女に涙をのませた物語です。
少女は、お地蔵さまの涙をのみ、満足した笑みをたたえたまま、命絶えていきます。
そんな一つの、原爆の悲しい一ページを、描いた物語です。

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テレビの特集では、原爆が爆発した瞬間は、太陽の表面温度よりも熱い熱風に襲われたと報じていました。
多くの原爆被災者が「太陽が落ちてきたのかと思った」と表現しているのは、まさにその通り。そんな太陽よりも熱い熱風を受けながら、今もご健在で原爆の恐ろしさを伝えてくださる方々に対しては、「よくぞ生きていてくださいました」という敬意さえ感じます。

さて、テレビを見ていた時には、原爆により、あまりに多くの人が一瞬にして命を奪われ、生きながらえた人々も、恐ろしさ・辛さ・苦しさを味わい、原爆症によりその後も現在もなお、苦しみ続けていることを知っても、それを開発・投下・撮影した「博士」自身は一言も謝罪しなかった姿を見て、ひどく悲しい気がしました。が、同時に「それが戦争なんだ」ということも認識させられた思いがしました。

子供達には「平和を望む気持ち」を十分に育ててあげたい気がします。
そのためには、戦争の物語、原爆の物語との出会いも、一つでも多くありたい、と思います。「恨み憎しみ」を伝えるためではなく、戦争の現実を、正しく伝えてあげるために。

幼稚園児でも聞けるボリュームの絵本です。
ぜひ、読んでみてくださいね。


おきなわ 島のこえ

おきなわ 島のこえ―ヌチドゥタカラ(いのちこそたから)
おきなわ 島のこえ―ヌチドゥタカラ(いのちこそたから)
丸木 俊, 丸木 位里

戦争絵本は、当然ながら残酷なシーンが多いですから、子ども達は「こわいから寝る前には読まないで」ということがあります。
この絵本は「ひろしまのピカ」を書いた丸木俊さんの絵ですから、子ども達も直感的に「戦争絵本だ」と感じ、読む前からある一定の覚悟を持って読み始めました。

が、覚悟して読んでも、終戦間近の1945年、沖縄本土にアメリカ兵が上陸した頃の悲惨さは、予想を遙かに超えた強烈なものがありました。

子ども達には折に触れては言って聞かせています。
「自分で、自分の命を終わりにしてはいけません、絶対に。」
「命を大切にしなさい。自分の命も。みんなの命も。」
etcetc…
ましてや自分の家族を殺したり、仲間を殺したりするなんて、「いけないこと」などと言うまでもないことです。

でもこの絵本の中では、「こどもを殺してしまった」「おばあさんを殺してしまった」と言っておんおんと泣く大人が描かれています。
初め、子どもも母も何のことか状況が理解できませんでした。
「こどもを殺してしまった」といっても、まさか自分が殺したわけではなく、アメリカ兵に銃で撃たれた時に助けてやらなかったことを悔やんで泣いているのかと思ってしまいます。
ところが、違うのです。
「殺される前に自分で命を絶つ」
という日本軍の命令で、我が子を殺し、親を殺し、家族同士、仲間同士で殺しあいをした現実があったのでした。

そう言えば、ひめゆりの塔のお話を読んだ時に、にたようなことが書いてあったのを思い出しました。
最後の最後、もう終わりだと思った時は、殺される前に自分で命を絶つため、手榴弾を懐にいだいていた、という話を。

おきなわ 島のこえ」に書かれていることによると、実際はもっと悲惨でした。
1人に一つ手榴弾など配れません。
「カミソリ、クワ、棒などをつかえ」という命令でした。

読んでいる間、5歳の長男までもが、戦争に対しての怒りがこみ上げたようでした。

この悲惨なお話の中で、いつまでも心にのこる歌が歌われています。
「せんそうはもうじきおわる。
 へいわでゆたかなときがくる。
 泣くなよみんな。
 いのちこそ、たから。」

幼稚園児でも充分集中して聞けるお話です。
ぜひ読んであげてくださいね。

トキ子のカボチャ

トキ子のカボチャ (1979年)
トキ子のカボチャ (1979年)
黒川 常幸, 遠藤 てるよ

またひとつ、とても心打たれる戦争絵本に出会いました。
トキ子のカボチャは、終戦間近の1945年、東京が舞台の物語です。

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トキ子は、お父さんとお母さんとの3人暮らしです。
ある日、トキ子はカボチャのタネをひろいます。
家に持って帰り、家の前にある防空壕の上の土に植えてみます。
カボチャのタネは、芽を出し、どんどん伸びていきました。
そしてカボチャには、花が咲きました。
そんな頃、トキ子のお父さんにも召集令状がとどきました。
お父さんは兵隊さんになって行ってしまいます。
トキ子はお父さんに「いつ帰ってくるの?」と聞きました。
お父さんは「カボチャが大きくなったころ」といいました。
そんなお父さんが、「カボチャを大きくするおまじない」をして見せてくれました。
カボチャには雄花と雌花があります。
花の根本にふくらみのあるのが雌花。ふくらみの無いのが雄花。
雄花をとって、雌花にそっとかぶせます。
「こうすると、カボチャは大きくなるんだよ」
そうしたら、雄花の役目は終わりだよ、とトキ子に教え、その役目の終わった雄花で色水を作ってお父さんと乾杯ごっこ。

…お父さんは軍隊に行ってしまいました。
空襲は日増しにひどくなり、まわりの家々はほとんど焼かれ、トキ子の家を含めて5,6けんだけが焼け残りました。
知り合いなどがたくさんトキ子の家に逃げてきて、大勢の人達と共に暮らしました。
食べるものにも事欠く中、カボチャは大きくいくつか育ちました。
お母さんはそのカボチャをとって煮て、みんなで食べました。塩で味付けしただけの皮の固いカボチャでしたが、みんな美味しい美味しい、といって喜んで食べました。
トキ子は「カボチャの最後のひとつは、お父さんと一緒に食べるからとらないで」といいました。でも、とうさんがまだ帰らないうちに、最後のひとつも食べなくてはならなくなりました。
お母さんは「お父さんが帰ってきたら、すぐどこかでカボチャを見つけてきましょうね」といいました。
最後の一つを食べた後は、葉っぱも食べ、太い茎だけが残りました。
葉っぱだけではありません。食べられそうなものは何でも食べました。

しばらくすると、お父さんが戦死したという知らせがとどきました。
……
-----------------------------

結末は、読んでいて涙が出ます。
戦争によって生きるのが困難な時代に強く生き、「お父さん」という大きな存在を失う悲しみがよく描かれています。
最後に一つの希望も描かれています。

このお話、大人が読めばトキ子のお母さんの芯の強さにも心打たれます。
夫を失う悲しみ、食べることにも事欠く日々、日々激しくなる空襲から命を守るための苦労…数々の困難を抱えながら、このお母さんは驚くほど優しく穏やかなのです。
この辛い時を、我が子と共に乗り越えよう、という心を感じます。

子どもには子どもなりの感動がありますが、大人は大人なりの視点で感じることができる絵本です。
ぜひ読んでみてくださいね。




飛木稲荷神社の焼けイチョウ

七本の焼けイチョウ
七本の焼けイチョウ
日野 多香子, さいとう りな, 唐沢 孝一

東京都墨田区押上の飛木稲荷神社に7本の焼けイチョウがあるということを、地元周辺の方はよくご存知かと思いますが、この絵本に出会うまで、私は全く存じあげませんでした。
東京大空襲の当時、逃げる人々の盾になるように火をあび、ついには焼けて炭のように焦げてしまいながらも、その後、たくましく太い銀杏の木として年輪を重ねた、強い生命力をもった銀杏の木。それが7本あります。

あたりが火の海になっても、すぐには焼けなかった7本の銀杏の木。人々が逃げる時間をかせいでくれるように、じっと火に耐えていた銀杏の木。ついにはじりじりと煙が出始め、火に焼かれていきます。
根元だけではなく、木のてっぺんまで。
後に残ったのは真っ黒に焼けこげた、無惨な銀杏の木でした。

それが、戦後数年すると、緑の芽を吹き始めました。
黒こげの銀杏の木を覆っていくように、黒こげの銀杏の中で耐えていた木の命は力強く成長し始めます。
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このお話を読んだ後、一度は焼けてしまった木なのだから、細々と必死で生きているような姿をしている木だろうと、木の姿を想像していましたが、本の最後には実際の焼けイチョウの写真があります。
この焼け銀杏は、信じられないほど、太いのです。(太さは4・8メートル!)
木に幹の真ん中に、それはそれは広い面積の焼け跡が柱のように、上から下までしっかり残っています。
まさに「神木」といっていい風格です。
それでも今でも、鼻を近づけると焦げたにおいがするそうです。

「七本の焼けイチョウ」を近くに行って見てみたい衝動にかられました。

余談ですが、しばらく前に放送された「ちびまるこちゃん」の実写版。まるこちゃんがタマちゃんとタイムカプセルを埋める約束をして、来ないタマちゃんをじっと待っていたのは、その焼けイチョウの根元です。(おそらく)
テレビで見て「これだ!!!」と感動。

ご存じなかった方は、ぜひ読んでみてくださいね。


一つの花

一つの花
一つの花
今西 祐行, 鈴木 義治

この絵本は戦時中のお話です。
戦争絵本はその残酷さ故に、残酷なシーンや悲惨な状況が描かれているものが圧倒的に多いと思います。
この絵本も読み始めから戦争絵本だと分かりましたので、お話の途中には、そういった辛い場面が当然あるだろうと思って読み進めました。
すると、ないのです。
このお話には、戦争絵本だというのに、悲惨なシーンが一つもないのです。

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おやつどころか、食べることにも事欠く戦時中。
とある家庭に生まれたゆみこが、最初に覚えた言葉は「ひとつだけ、ちょうだい。」でした。
ご飯やおかずを「もっとちょうだい」「もっとちょうだい」といった時、「一つだけね」といいながら自分の分を分けてくれたお母さんの口癖をいつの間にか覚えたのです。
ある時、あまり体の丈夫でないお父さんが徴兵されました。
貴重なお米を炊いて作ったおにぎりと、包帯と薬をカバンに入れ、ゆみこはお母さんにおぶわれて、お父さんを駅に送っていきました。
道中、ゆみこは「一つだけ」「一つだけ」といって、おにぎりを欲しがりました。
お母さんはその度に大事なおにぎりをゆみこにあげました。
お母さんは、お父さんとの別れ際にゆみこの泣き顔を見せたくないと思い、大事なおにぎりをゆみこにあげたのです。
駅に着いた時には、おにぎりは全部無くなっておりました。
しばらくすると、またゆみこの「ひとつだけ、ちょうだい」が始まりました。
でもおにぎりはもうありません。ゆみこは「ひとつだけ」「ひとつだけ」といって泣き始めてしまいました。
その時お父さんが、近くに忘れられたように咲いている一輪のコスモスを見つけました。「ほら、ゆみちゃん。ひとつだけね。」といってお父さんはゆみこに一輪のコスモスをあげました。
ゆみこはにっこりわらいました…
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食料も乏しい苦しい戦時中、それでもお母さんとお父さんは、我が子に精一杯の愛情を注いで育てていた様子が、とても丁寧に描かれています。

さて、結末ですが、戦争へ行ったお父さんは…、やはり帰ってこないのです。
温かかった家族を引き裂いた悲しい戦争、それが強烈に心に刺さるお話です。

ぜひ読んでみてくださいね。

えんぴつびな

えんぴつびな
えんぴつびな
長崎 源之助, 長谷川 知子

我が家の長女は、これでもかと言うほど鉛筆を小さくなるまで使います。
時々鉛筆削り器からとれなくなったりして、もういい加減に新しいの使いなさい!と言いたくなるほど、短くなるまで使っています。
そしてさらに、小さくなった鉛筆は、鉛筆を買った時の「1ダース」の箱にいれて、すべてとっておいてあります。今までにどれだけ鉛筆を使ってお勉強したのかが分かるから。

ある人から、「短くなった鉛筆で、おひな様が作れるよ」と聞いて、はて、どんな風に作るのだろうか…と手作りの実用書的な本を探してみて、偶然この絵本に出会いました。

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お話は戦時中の日本です。
主人公の女の子は、戦争で家を焼かれたため、別の町に引っ越してきます。
転校してきた新しい学校で、「しんぺいちゃん」に出会います。
しんぺいちゃんは「おれ、べんきょうだめなんだ。よろしくな」と人なつっこく言って、「いいものやるよ」と手に握りしめた物をくれるのです。
しんぺいちゃんの手の中にいたのは、みどりがえる。
女の子は「きゃーっ」といってしまったけれど、しんぺいちゃんは悪気があったのではなかったようです。ほんとうに「いいもの」だとおもってくれたようでした。
その後もなにかとこの女の子をかばってくれるしんぺいちゃん、あるひ、また「いいものやるよ」といって握りしめた手を突き出してきました。
女の子はまたカエルではないかとびくびくしつつ見てみると、何とそこには小さくなった鉛筆に目・鼻・口を書いた物でした。一つは緑の鉛筆。もう一つは赤の鉛筆で。しんぺいちゃんは「おひな様だよ。おまえんち、くうしゅうでやけちゃったんだってな。ひなにんぎょうもやけちゃったんだろ。だから」といってくれました。
女の子がとっても嬉しそうにすると、しんぺいちゃんは「今度、さんにんかんじょ作ってきてやるよ」といってくるり背を向け、家にかけていきました。
女の子がしんぺいちゃんをみたのはそれが最後でした…

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使い込んだチビ鉛筆に目鼻と口をかいて、おひな様。
戦時中の物のない時代の、心のこもったプレゼント。
それが「えんぴつびな」でした。

結末は、とても悲しい戦争の現実を描いてあります。
子ども達はこの絵本を読んで、しばし絶句しておりました。
母も、何とも言えない悲しさを感じました。

「ひなまつり」の季節にはちょっと早いのですが、とても心を打たれる絵本でしたのでご紹介致しました。ぜひ読んでみてくださいね。

原爆絵本

わたしのヒロシマ
わたしのヒロシマ
森本 順子

戦争を体験し、原爆の被害にあった森本さんによる原爆の絵本です。
原爆を投下されたそのヒロシマにいて原爆を体験された方々は、そのあまりの現実の悲惨さゆえに、それを文章や絵で表現しようとすればするほど、“いや、本当はもっとひどい状態だ”“本当はもっと恐ろしい”と感じ、書けない、書くことに苦悩する、ということをある本で読んだことがあります。
そういう意味で、森本さんはどんな思いでこの絵本を書いたのだろうかと、母の私は思いながら、子ども達に読み聞かせました。

この絵本は、作者自身が原爆の被害者でありながら、意外なほど淡々とした文章表現で描かれています。
小さい頃の「わたし」がみた、かんじた、原爆投下後のまわりの様子をとても丁寧に表現されています。
だから、淡々と描かれていても、こんなこと、二度と繰り返してはならない、という強いメッセージを感じます。

小学生ぐらいの子ども達に、ぜひ自分の心で感じながら読んで欲しいなと思います。
わたしのヒロシマ」おすすめです。




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